東京地方裁判所 平成9年(行ウ)59号 判決 1999年8月10日
原告
山本直義
右訴訟代理人弁護士
坂本誠一
同
山下清兵衛
同
増田浩千
同
根岸清一
同
長屋憲一
同
花輪弘幸
同
青木優子
同
木内秀行
同
坂本広身
同
吉田和夫
被告
日本橋税務署長 岩片古志郎
右指定代理人
加藤裕
同
須藤哲右
同
高橋勝茂
同
南幸四郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告に対し、平成五年七月二三日相続開始に係る相続税の更正の請求について平成七年六月三〇日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分(ただし、平成七年一一月二七日付け異議決定処分により取り消された後のもの)を取り消す。
第二事案の概要
本件は、平成五年七月二三日に被相続人山本留吉が死亡したことにより開始した相続に係る相続税について原告が法定申告期限内に確定申告をし、その後、更正の請求をしたのに対し、被告が更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、原告が、右通知処分は、相続開始時における別紙物件目録記載(一)及び(二)の土地(以下「本件宅地」という。)の時価を過大に評価しており違法であるとして、右通知処分の取消しを求めるものである。
一 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 本件処分に至る経緯等
(一) 原告は、平成五年七月二三日に死亡した被相続人山本留吉(以下「被相続人」という。)の相続人である(以下、この相続を「本件相続」という。)。
(二) 原告は、被告に対し、平成六年一月二五日、課税価格一億五六四八万九〇〇〇円、税額二七〇九万六一〇〇円として、本件相続に係る相続税について申告をした。
(三) その後、原告は、被告に対し、平成七年二月一六日、本件宅地の時価は右の申告に係る課税価格より低いと主張して、本件相続に価額相続税の課税価格を一億三三七五万六〇〇〇円、税額を一九一三万九六〇〇円とする旨の更正の請求をした。
(四) 被告は、右の更正の請求に対し、平成七年六月三〇日付けで、更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
(五) 原告は、被告に対し、平成七年八月二八日、右通知処分に対し異議を申し立てた。これに対し、被告は、平成七年一一月二七日付けで、課税価格を一億五三六二万四〇〇〇円、税額を二六〇九万三四〇〇円とする旨の決定をした。
(六) さらに、原告は、国税不服審判所長に対して、平成七年一二月二六日、右(四)の更正をすべき理由がない旨の通知処分(ただし、右異議決定処分により取り消された後のもの。以下、これを「本件通知処分」という。)に不服があるとして審査請求をしたが、平成八年一二月一三日付けで、右審査請求は棄却された。
2 本件相続により、原告が取得した財産及び当該財産から控除すべき債務等の金額
(一) 本件宅地
(二) 本件宅地以外の財産
本件相続により、原告は、本件宅地以外に家屋、有価証券、現金・預貯金等、家庭用財産及びその他の財産を相続した。それらの価額は、次のとおりである。
(1) 家屋の価額 八二二万八三五二円
(2) 有価証券の金額 四九〇万五七五〇円
(3) 現金・預貯金等の価額 二六七〇万九〇九〇円
(4) 家庭用財産の価額 七六万四一五〇円
(5) その他の財産の価額 一〇〇二万四一二五円
(三) 債務等の金額
本件相続において、相続税法(以下「法」という。)一三条及び一四条の規定に基づき、原告が相続により取得した財産から控除すべき債務等の金額は、次のとおりである。
(1) 債務 二五〇万二七六〇円
(2) 葬式費用 五五六万六五二〇円
二 本件通知処分の根拠
1 被告が本訴において主張する原告の本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額は、本件通知処分と同様の次の各金額であり、その算出根拠は、別表一及び二に記載のとおりである。
(一) 課税価格 一億五三六二万四〇〇〇円
(二) 納付すべき税額 二六〇九万三四〇〇円
2 被告は、本件相続に係る相続財産のうち本件宅地について、以下のとおり、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達(平成六年二月一五日付課評二-二・課資一-二による改正前のもの)。以下「評価通達」という。)及び相続税財産評価基準(以下「評価基準」という。)に定められた評価方法により、その相続税の課税価格に算入する価額を一億一〇七三万五六〇〇円と求めた。
(一) 本件宅地は、新大橋通りと人形町通りが交差する水天宮交差点の南西側の商業地域に所在し、間口距離が約七メートル、奥行距離が約一二メートルのほぼ長方形の地形であり、その容積率は五〇〇パーセント、建ぺい率は八〇パーセントである。本件宅地が面する路線に付された平成五年分の路線価「以下「本件路線価」という。)は、一平方メートル当たり三七七万円であり、本件路線価を基に本件宅地を一画地として評価すると、別表三記載のとおり、本件宅地の自用地(更地)としての評価額は、三億一〇〇四万四八〇〇円となる。
(二) 本件宅地上には、被相続人が所有していた家屋(床面積三五〇・五二平方メートル、五階建て。以下「本件家屋」という。)が存在しており、本件家屋のうち一七二平方メートルは、原告が自己の居住用として使用し、残りの部分は、訴外有限会社山本裁縫店に対し、事務所用として貸し付けられていたものである。そこで、本件建物の敷地である本件宅地の価額を求めるに当たっては、本件家屋の利用区分に応じ、自用地部分(以下「本件自用地」という。)と貸家の目的に供されている土地の部分(以下「本件貸家建付地」という。)に区分し、別表四記載のとおり、本件自用地の価額を一億五一九二万一九五二円、本件貸家建付地の価額を一億二四九一万七〇四九円とそれぞれ求めた。
(三) そして、本件自用地について、別表五及び六記載のとおり、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(平成四年法律第一四号による改正後のもので、平成六年法律第二二号による改正前の租税特別措置法六九条の三の規定によるもの)を適用して、課税価格に算入する本件自用地の価額を七三二六万〇四八六円と求め、また、本件貸家建付地について、別表五記載のとおり、同特例を適用して、課税価格に算入する本件貸家建付地の価額を三七四七万五一一四円と求め、右の各価額を合算して、課税価格に算入する本件宅地の価額を一億一〇七三万五六〇〇円と求めた。
3 右1、2記載の本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額の算出根拠については、本件宅地の評価に関する部分を除き、当事者間に争いがない。
原告が本件宅地の評価として問題としているところは、法二二条では相続財産の価額は相続財産の取得時の時価によるとされているところ、被告が評価通達等に基づいて評価した本件宅地の自用地(更地)としての価格が、本件宅地の時価を超えているのではないかという点であり、被告が主張する本件宅地の位置、形状、本件自用地と本件貸家建付地の本件宅地に占める割合等については、当事者間に争いがない。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、本件相続税に係る課税価格を算出するに当たって被告が求めた本件宅地の評価額が適正であるか否かであり、具体的には、本件路線価によって算出された被告主張の本件宅地の価額が本件相続開始時における本件宅地の時価の範囲内であるか否かが問題となる。
右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
(被告の主張)
1 路線価により相続財産の価額を算出することの合理性について
(一) 法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価するものと規定し、右の時価とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解されている。
しかし、客観的な交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないことから課税実務上は、相続財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされている。これは、相続財産の客観的な交換価格を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどからして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみても合理的であるという理由に基づくものであり、右評価通達に規定された評価方法は時価の評価方法として妥当性を有するものである。
(二) 路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している不特定多数の者の通行の用に供されている道路(以下「路線」という。)ごとに設定され、路線に接する宅地の次に掲げるすべての事項に該当するものについて、売買実例価額、公示価格、精通者意見価格等を基として国税局長がその路線ごとに評定した一平方メートル当たりの価額とされている(評価通達一四)。
(1) その路線のほぼ中央部にあること
(2) その一連に宅地に共通している地勢にあること
(3) その路線だけに接していること
(4) その路線に面している宅地の標準的な間口距離及び奥行き距離を有する矩形又は正方形のものであること
(三) そして、各国税局長が評価基準として公表している具体的な各路線価は、おおむね次のような手順で設定されている。
すなわち、まず、主要な路線に接し、かつ、評価通達一四に定める前記(二)の(1)ないし(4)の基準に合致する土地(以下「標準地」という。)を選定する。この選定に当たっては、地価事情が類似する地域ごとに、その地域における位置、形状等が標準的なものが選ばれるが、これに加え、地価公示法六条(標準地の価格等の公示)に基づき国土庁土地鑑定委員会がその価格を判定した土地(以下「公示地」という。)や国土利用計画法施行令九条(基準地の標準価格)一項に基づき都道府県知事やその価格を判定した土地(以下「基準地」という。)についても標準地として選定する。
次に、このように選定された標準地につき、売買事例価額及び精通者意見価格等に基づいてその価額が算定されることとなるが、通常これらの価額はある程度の幅を持つものであるため、その価額の中庸値を標準地の価格として算定している。
このようにして算出される標準地の価額が、その標準地の接する路線の価額(路線価)となるものであるが、実際に決定される路線価は、評価上の安全を考慮して、土地について自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格として国土庁の土地鑑定委員会が公示する公示価格のおおむね八〇パーセント以内の水準を目途として設定されている。
(四) 以上のとおり、路線価は、客観的交換価値を的確に反映し得るような適正な手続の下に決定されており、法二二条所定の時価としての合理性を有するものである。
2 路線価方式が不合理となる場合について
(一) 評価通達に定める路線価方式は、個別的鑑定によることなく各年の一月一日時点を基準として評定される路線価に基づいて当該年に相続によって取得された宅地の評価を一律の方法で行うという手法によることになるから、路線価方式により算定された評価額が、当該宅地の取得時における客観的交換価値と一致しない場合が生ずることもあり得る。そして、路線価方式により算定される評価額が客観的交換価値を超えないときは、納税者に対する違法な侵害を構成するものではなく、路線価方式に前記のような合理性があることも考えれば、路線価方式による評価は、法の趣旨に合致するものと解することができる。
一方、路線価の価格時点以降の地価の大幅な下落により、路線価方式により算定される評価額が客観的な交換価値を上回ることとなるような特別の事情がある場合においては、路線価方式により算定される評価額をもって法が予定する時価とみることはできず、評価通達の一律適用という公平の原則よりも、個別的評価の合理性を尊重すべきこととなり、このような場合には、評価通達六にいう評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる場合に該当することがあり得ることになる。
(二) しかしながら、前述のとおり、土地の客観的交換価値を一義的に算定することは実際上不可能であり、不動産鑑定による鑑定評価額も、一般に公正妥当と認められる不動産鑑定理論に従う限りにおいてもなお、主観的な判断及び選択を伴うものであって、鑑定評価を行う者が異なれば結論が区々となることを避け難い。
そうであれば、路線価方式により評価した土地の価額を下回る価額の不動産鑑定評価があり、かつ、当該評価が一般に公正妥当と認められる不動産鑑定理論に従ってされた評価であったとしても、それだけでは直ちに前記特別の事情が存すると認めるには足りないというべきである。
そうすると、路線価方式により評価した土地の価額が客観的交換価値を上回るなどの特別の事情があるというためには、単に、路線価方式により評価した土地の価額を下回る不動産鑑定評価が存するだけでは足りず、周辺における公示価格・基準地の標準価格等の変動の状況、近隣における取引事例のいかん等諸般の事情を総合して考慮した上、路線価方式により評価した価額が客観的交換価値を上回ることが明らかであると認められることを要するというべきである。
3 本件宅地の路線価方式による評価額が、法二二条に規定する時価の範囲内であることについて
(一) 本件においては、次のとおり、本件宅地の路線価方式による評価額が相続開始時点における客観的交換価値を超えるような特別の事情はないから、被告がした本件宅地の時価の評価は適正である。
(二) 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目二六番一〇外の基準地の標準価格を基に算定した本件相続開始時の本件宅地の価格
(1) 本件宅地と直線距離で一〇〇メートル程度の近隣に所在し、かつ、同一用途地域(商業地域)内である基準地である東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目二六番一〇外の基準地(以下「中央五-二六」という。)は、建ぺい率が八〇パーセント及び容積率が五〇〇パーセントと指定されている類似地域内にある幅員一一メートルの舗装道路に接面する面積一一七平方メートルの長方形の宅地であり、本件宅地の価額を検討する上では最も適した基準地であることから、中央五-二六の標準価格を基に本件宅地の本件相続開始時点における価格を算定すると、次のとおりとなる。
ア 平成五年七月一日時点の中央五-二六の一平方メートル当たりの標準価格は四六〇万円、平成六年七月一日時点の右標準価格は三二〇万円であるので、平成五年七月一日時点から平成六年七月一日時点までに右標準価格は一四〇万円下落したことになる。右下落金額一四〇万円を平成五年七月一日時点の中央五-二六の標準価格四六〇万円で除し、一二分の一(平成五年七月以降本件相続開始までの経過月数)を乗じて平成五年七月一日時点から相続開始時点までの地価下落率を求めると〇・〇二五(小数点以下第四位を四捨五入)となり、一から右地価下落率を控除して求めた時点修正率は〇・九七五となる。そうすると、平成五年の基準地の標準価格に右地価下落率を乗じて求めた本件相続開始時点における中央五-二六の時点修正後の価格は四四八万五〇〇〇円となり、さらに場所的修正のために右価格に平成五年の本件宅地の面する路線に付された路線価三七七万円を同年の中央五-二六に付された路線価四二一万円で除した割合を乗じて算出すると四〇一万六二五八円となり、この金額が本件宅地の一平方メートル当たりの時点修正及び場所的修正後の価格となる。
イ 右価格四〇一万六二五八円に本件宅地の地積八二・二四平方メートルを乗じた価格は三億三〇二九万七〇五七円となり、この価額は、評価通達に定める路線価方式による本件宅地の自用地としての価額三億一〇〇四万四八〇〇円を上回っている。
(2) 以上のとおり、本件宅地の路線価方式による自用地としての評価額は三億一〇〇四万四八〇〇円であるところ、中央五-二六を時点修正、場所的修正した後の本件宅地に対応する価額は三億三〇二九万七〇五七円であり、右路線価方式による評価額は、基準地を時点修正、場所的修正した後の本件宅地に対応する価額を下回っていることから、客観的交換価値を超えるものではなく、右路線価方式による評価額は合理性を有するというべきである。
(三) 中西二幸作成の不動産鑑定評価書(乙一五。以下「被告鑑定書」という。)による本件宅地の本件相続開始時の価格
被告鑑定書によれば、本件宅地の本件相続開始時点の価格を総額三億一九〇〇万円(一平方メートル当たり三八八万円)と評しているところ、右鑑定の方法、取引事例等の資料の選択は合理性を有する。本件宅地の相続税評価額三億一〇〇四万四八〇〇円(一平方メートル当たり三七七万円)は、被告鑑定書により求められた鑑定評価額を上回っていないのであるから、本件宅地の右相続税評価額が、本件相続開始日における時価を上回っていないことは明らかである。
(原告の主張)
1 原告が本件更正の請求に当たり添付した不動産鑑定士伊藤正行作成の不動産鑑定評価書(甲六二。以下「原告鑑定書」という。)は本件宅地の平成五年七月一日時点(本件相続開始時)の正常価格を二億四八〇〇万円(一平方メートル当たり三〇一万六〇〇〇円。以下「本件鑑定評価額」という。)と評価しているところ、右鑑定における取引事例比較法における五つの取引事例地(以下、原告鑑定書の事例地一の土地を「原告事例地一」といい、同様に、原告鑑定書の事例地二、三、四、五の各土地を、「原告事例地二」、「原告事例地三」、「原告事例地四」、「原告事例地五」という。)の選択、鑑定の手法は適正かつ公平であって、右評価は合理性を有する。したがって、右時点の本件宅地の時価は右鑑定評価額どおりと認めるのが相当であり、右鑑定評価額を基に本件相続に係る課税価格を算出してした本件更正の請求は認容されるべきである。
2 本件宅地を路線価方式で評価することの不合理性
(一) 相続税における財産評価の実定法上の唯一の法源は、法二二条であり、同条は、相続又は遺贈により取得した財産の価額は特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における「時価」によるべき旨を定めている。
この「時価」とは、相続開始の日における財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値をいうものと解されている。
法二二条の規定は、課税の上限すなわち限界を画するものとして、<1>具体的な相続財産について、相続開始の時価以上の評価をしてはならない、<2>相続財産の評価の方法は、相続財産の時価を正確に反映する方法でなければならず、当該の評価方法で評価したときに、その評価額が現実の時価を超えていたときは、当該の評価方法は<1>に反するものであり、当然に違法となるとの二つの意味を持つ。
(二) (1) 本件相続開始時は、平成五年七月二三日であり、右の時点における本件宅地の時価が、本件宅地の相続税評価額ということになる。
そして、右時点における本件宅地の時価がいくらであるかを検討するためには、その前提として、本件宅地の所在地における地域的特性と時代的特性が考慮されなければならない。すなわち、いわゆるバブル経済により、本件宅地も含めて東京都の港区、千代田区、中央区等の都心部の土地は、昭和五八年から平成三年まで、空前の高騰現象を見せたが、同年下半期よりいわゆるバブルの崩壊により現在に至るまで土地価額が下落し続けており、平成四年、五年という時期は、この経済環境の激変が、土地価額という面でもっとも激しく変動し、表面化した時期であるということを考慮すべきである。
右の時期において、土地価格は急落し、これを追いかけるように路線価も下落した。しかしながら、現実には、路線価は土地価格の急落をそのまま反映するものではない。路線価は、公示価格の八割りを目安として決定されるが、いわゆるバブル崩壊後は、土地取引自体が著しく減少し、過去のバブル時の取引事例についての価格を参考としてバブル含み価格であったり、市場価格は複数の取引が行われることが前提であるが、極めて少ない取引事例をあたかも市場価格であるかのごとく評価したりして、公示価格を決めるような事態が発生し、また、この作業に必然的に伴うタイムラグによる価格の下落も公示地価に反映し難いという事態が発生し、公示価格そして路線価もまた極めて信頼性の低いものとなっている。
平成四年、五年においては、地価の急落に路線価が追いつかず、実勢価格(取引価格)が、路線価を下回るという逆転現象が発生している。
(2) 具体的な事例による路線価と時価の逆転現象
以下に述べるように、路線価方式によって算出した土地の価格は、当該土地の時価を上回るものであるので、路線価方式によって相続土地の価格を算出することは、法二二条に反するものである。
ア 原告事例地一について
a 原告事例地一の登記簿上の表示は以下のとおりである。
<1> 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一四番二一
地目 宅地
地積 三二・五二平方メートル
<2> 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一四番二〇
地目 宅地
地積 四五・二二平方メートル
<3> 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一四番一〇
地目 宅地
地積 三二・六六平方メートル
<4> 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一四番九
地目 公衆用道路
地積 三二平方メートル
b 原告事例地一の地積の合計は一四二平方メートルであり(うち道路部分三二平方メートル)、平成五年七月三〇日付売買により、訴外株式会社魚久が所有権を所得している。
c 原告事例地一の平成五年度の路線価
原告事例地一の正面路線価は、一平方メートル当たり三二五万円であるが、原告事例地一は三方道路であるため、原告事例地一の路線価の算出に当たっては側方各道路の路線価の各一〇パーセントを加算する必要があり、側方各道路の路線価は二三七万円であることから、原告事例地一の正面路線価に二三七万円の一〇パーセントに当たる二三万七〇〇〇円を加え、さらに、同様に二三万七〇〇〇円を加えた三七二万四〇〇〇円が原告事例地一の平成五年度の一平方メートル当たりの路線価となる。
d 原告事例地一の取引価格との比較
これに対して、原告事例地一の実際の取引価格は、一平方メートル当たり二〇八万五八一七円であり、実際の取引価格は路線価を下回っていることになる。
このことは、時価が路線価を下回っていたことを明白に示すものである。
イ 原告事例地五について
a 原告事例地五の登記簿上の表示は以下のとおりである。
<1> 所在 東京都中央区日本橋浜町三丁目
地番 四一番一
地目 宅地
地積 四七・一九平方メートル
<2> 所在 東京都中央区日本橋浜町三丁目
地番 四一番二一
地目 宅地
地積 四二・五七平方メートル
b 原告事例地五の地積の合計は八九・七六平方メートルであり、平成五年八月二五日付売買により訴外株式会社一球が所有権を所得している。
c 原告事例地五の平成五年度の路線価
原告事例地五の正面路線価は、一平方メートル当たり二九〇万円であるが、原告事例地五は二方道路であるため、原告事例地五の路線価の算出に当たっては側方道路の路線価の一〇パーセントを加算する必要があり、側方道路の路線価は二七七万円であることから、原告事例地五の路線価の正面路線価に二七七万円の一〇パーセントに当たる二七万七〇〇〇円を加えた三一七万七〇〇〇円が原告事例地五の平成五年度の一平方メートル当たりの路線価となる。
d 原告事例地五の取引価格との比較
これに対して、原告事例地五の実際の取引価格は、一平方メートル当たり二六五万円であり、実際の取引価格は路線価を下回っていることになる。
このことは、時価が路線価を下回っていたことを明白に示すものである。
ウ 本件宅地とビル一棟を挟んだ土地(以下「隣接地」という。)について
a 隣接地の登記簿上の表示は以下のとおりである。
<1> 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一八番六
地目 宅地
地積 四九・〇五平方メートル
<2> 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一八番七
地目 宅地
地積 七一・二〇平方メートル
b 隣接地の売買取引の価額表示の経過は以下のとおりである。
<1> 平成七年一月一日より同年一〇月一四日ごろまでのチラシ広告では、総額二億九八〇〇万円、すなわち、一坪当たり約八〇〇万円、一平方メートル当たり約二四二万円と表示されていた。
<2> そして、平成七年一二月一七日ごろには、総額一億八五〇〇万円、すなわち、一坪当たり約五〇〇万円、一平方メートル当たり約一五〇万円と表示されていた。
<3> その後、隣接地は平成八年三月一五日に売買契約が成立し、その取引価額は不明であるが、同年三月一九日受付にて極度金額一億五〇〇〇万円の根抵当権設定がなされていることからして、売買価額は一億五〇〇〇万円ないし一億八五〇〇万円の幅の中で行われたものと考えられる。そして、中間値として、一億六五〇〇万円内外ではないかと考えられ、この場合、一坪当たり約四四五万円で、一平方メートル当たり約一三四万円となる。
c 隣接地の平成七年度の路線価
隣接地の正面路線価は、一平方メートル当たり一八五万円であるが、隣接地は角地のため隣接地の路線価の算出に当たっては側方道路の路線価の一〇パーセントを加算する必要があり、側方道路の路線価は一六〇万円であることから、隣接地の路線価の正面路線価に一六〇万円の一〇パーセントに当たる一六万円を加えた二〇一万円が隣接地の平成七年度の一平方メートル当たりの路線価となる。
d 時価とは、需要と供給のバランスの中で形成される売りに出して売れる値段であるところ、ある土地が幾らで売れ、又は、幾らで売れなかったのかは当該土地の売りに出して売れる値段を判断するに当たって重要であることはもとより、これに隣接する土地の時価を判定するに当たっても重要である。
かかる観点に立ってみると、右b<1>は、売りに出して売れなかった価格であり、同<2>は、同<3>から推測して取引が成立した可能性のある価額であり、平成七年の隣接地の時価といえる。すなわち、平成七年の隣接地の時価は、総額一億八五〇〇万円、一坪当たり約五〇〇万円、一平方メートル当たり約一五〇万円といえる。
e そこで、隣接地につき右時価と平成七年度の路線価を比較してみると、平成七年度の路線価は一平方メートル当たり二〇一万円であり、時価は約一五〇万円である。
このことは、時価が路線価を下回っていたことを明白に示すものである。
(3) 右のとおり、実勢価格が路線価を下回っていることがいわゆる逆転現象として公知の事実となっており、税務当局もこの現象を認め路線価によらない土地等の時価評価による相続税の申告を容認していたほどであるのにもかかわらず、本件において、被告は本件宅地の時価評価に基づきされた本件更正の請求を認めず、かえって、本件宅地の評価は路線価によるべきであるとして本件通知処分をしたものである。
してみると、本件通知処分は、本件宅地について法二二条による「時価」を越えて高額の評価をしたものであり、同項に違反したものというべきである。
(三)(1) 被告は、評価通達の制定や運用に正当性・合理性があり、納税者の便宜や納税者間の公平に合致していると主張し、また、評価通達に規定された評価方法が時価の評価方法として妥当性を有すると主張するが、評価通達は、専ら徴税の便宜のために制定されたものであり、これは行政内部の事務取扱上の統一性や簡便性を専ら目的とするものであり、国民を拘束する法規範的効力を有しないことはもとより、これが時価を決定づけるなどという主張は租税法律主義の理念に根本的に反するものであり、評価通達が時価の評価として適法性を有するのは、当該の評価が時価を下回っている場合に限られる。
すなわち、本来通達とは、上級行政機関が内部的権限に基づき、下級行政機関及び職員に対して発する行政組織内部における命令の成文の形式のものをいうにすぎず、行政機関が通達によって法令の解釈等を公定し得る権限はないから、通達それ自体を国民の権利義務を直接に定める一般的抽象的法規範すなわち、法規であるとすることはできない。
確かに、下級行政機関は通達によって行政を執行しなければならず、これにしたがって行動することが通例であり、法令の解釈や取扱いの準則等に関する通達はこれに従った取扱いがなされることが通例となるため、そうした取扱いがなされることによる影響は大きいものがある。しかし、下級行政機関の通達違反の行為もそれだけの理由では効力を否定されず、また、単に通達があるというだけでは、国民はこれに拘束されないし、もとより裁判所は、通達に示された法令の解釈に拘束されず、通達に定める取扱基準等が法令の趣旨に反していれば、独自にその違法を判断できるものであって、通達による実務的な取扱いの影響が大きいことをもって、通達に法規としての効力を認めることはできない。
(2) 評価通達による画一的評価の趣旨が前記のようなものである以上、これによる評価方式を形式的、画一的に適用することによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し、また、法の趣旨や評価通達自体の趣旨に反するような結果を招来させるような場合には、評価通達に定める評価方法以外のほかの合理的な方法によることも許される。このことは、評価通達六が「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定め、評価通達自らが例外的に財産評価通達に定める評価方法以外の方法を採りうるものとしていることからも明らかである。
とりわけ本件相続が、バブル期の異常な需給関係により形成された土地高騰後の土地の急激な下落傾向の中で発生したものであり、時価の下落に路線価の引下げが追いつかないいわゆる逆転現象のさなかに生じたものであることからすれば、評価通達による評価方式(いわゆる路線価方式)が妥当性・合理性を有しないことは明らかなのである。
(3) 以上のように、評価の通達が法規範性を有しないものである以上、評価通達にしたがった評価をしたのであるから時価評価をしたという被告の主張は、被告主張の本件宅地の評価額の適法性・合理性を何ら推定させるものではなく、本件宅地の評価通達による評価が時価以下であることが具体的に立証されない限り、右評価額をもって適法ということはできないというべきである。
(四) さらに、本件宅地及び近隣土地の路線価は、別表七記載のとおりであるが、本件宅地の路線価は、バブルピーク時の平成三年から平成五年までの三年間で約三分の一に、平成三年から平成七年までの五年間では約四分の一に急落している。路線価それ自体がわずか数年の間に、三分の一から四分の一にまで変動してしまうような経済現象の中において発生した相続における資産評価をなすに当たって、果たして路線価は基準としての意味を持ち得るのか疑問がある。例えば、平成四年一二月三一日に死亡したときの資産評価が五〇九万円、平成五年一月一日に死亡すれば三七七万円となり、約二五・九パーセントも下がることになるが、相続という偶然の事情にもかかわらずたったの一日の違いでこのような違いが生ずるのは、基準そのものが誤っているといわざるを得ない。
このことからも、本件宅地の時価を算出するに当たって路線価を用いることには何ら合理性がないことは明らかである。
第三当裁判所の判断
一 相続税における財産評価について
1 法二二条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めのある場合を除き、当該財産の取得の時における時価によるべき旨を規定している。そして、右の時価とは、当該財産の取得の時において、その財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、換言すれば、当該財産の取得の時における客観的な交換価値をいうものと解される。
2 ところで、乙一及び弁論の全趣旨によれば、相続税における財産評価については、課税実務上は、相続財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされていること、評価通達においては、市街地的形態を形成する地域にある宅地については、原則として、その宅地の面する路線に付された路線価を基とし、奥行価格補正等の画地調整を施して計算した金額によって評価する路線価方式が採用されていること(同通達一一、一三)、路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線ごとに設定するものとされ、路線価の価額は、売買実例価額、地価公示法による公示価格、精通者意見価格等を基として、その路線に面する標準的な画地の一平方メートル当たりの価額として国税局長が評定するものとされていること(同通達一四)、路線価については、従来、評価の安全性等を考慮して、公示価格の評価水準と比較して低めに定められていたが、平成四年分以降の路線価は、毎年一月一日を価格時点として、同日を価格時点とする公示価格の評価水準の原則として八〇パーセントとなるよう価額決定がされていること、評価通達には、当年の路線価と比較して翌年の路線価が上昇又は下落した場合において、路線価の時点修正を行うことができるとする規定はなく、課税実務上、原則として、同一年内に開始した相続については、その時期いかんにかかわらず、同一の路線価を基にして評価することとされていることが認められる。
二 評価通達に基づく路線価方式による評価の合理性について
1 課税実務上、相続財産の評価について右のような画一的な評価方法がとられているのは、各種の財産の客観的な交換価値を的確に把握することは必ずしも容易なことではなく、これを個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により評価額に格差が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方式により画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて、合理的であるという理由に基づくものと解される。そして、右の理由とされているところは、公平な税負担と効率的な租税行政の実現という観点からみて首肯できるものであり、法も、相続財産の評価について右のような画一的な評価方法をとることを許容しているものと解される。
2 しかし、評価通達に定める路線価方式は、個別的鑑定によることなく各年の一月一日時点を基準として評定される路線価に基づいて当該年に相続によって取得された宅地の評価を一律の方法で行うという手法によることになるから、路線価方式により算定される宅地の評価額が客観的交換価値と一致しない場合が生ずることもあり得る。すなわち、路線価の評定の価格時点以降に地価の大幅な下落があった場合等には、路線価方式により算定される評価額が客観的な交換価値を下回る事態が生ずる可能性があるが、そのような事態が生じた場合には、路線価方式によって算定される評価額をもって法二二条の規定する時価とみることはできず、したがって、評価通達の定めによるのではなく個別の評価によらざるを得なくなるというべきである。評価通達六は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めているが、右の場合は右評価通達の定めに該当するものということができる。
ただ、宅地の適正な時価、すなわちその客観的交換価値というものは、その土地の面積、形状、地域的要因等の各個別の事情、需要と供給のバランスなど様々な要素により変動するものであるから、理論的にみれば一義的に観念できるとしても、実際問題としてこれを一義的に把握することは困難であり、不動産鑑定士による鑑定評価額も、それが公正妥当な不動産鑑定理論に従うとしても、なお鑑定士の主観的な判断及び資料の選択過程が介在することを免れないのであって、鑑定人が異なれば、同一の宅地についても異なる評価額が出てくることは避けられないことである。宅地の客観的交換価値には右の意味である程度の幅があるとみなければならない。かかる観点からすれば、路線価方式によって算定された評価額が時価とみるべき合理的な範囲内にあれば、法二二条違反の問題は生じないと解するのが相当であり、したがって、路線価方式によって算定された評価額が客観的交換価値を超えているといえるためには、路線価方式により算定した宅地の評価額を下回る不動産鑑定評価が存在し、その鑑定が一応公正妥当な鑑定理論にしたがっているというのみでは足りず、同一の宅地についての他の不動産鑑定評価があればそれとの比較において、また、周辺における公示価格や基準地の標準価格の状況、近隣における取引事例等の諸事情に照らして、路線価方式により評価した評価額が客観的な交換価値を上回ることが明らかであると認められることを要するものというべきである。
3 この点、原告は路線価が時価を上回っているいわゆる逆転現象が生じている取引事例があることを主張して、路線価方式によること自体に合理的根拠が存しないため、鑑定書を添付してなした本件更正請求は当然に認められるべきであると主張するが、前述のように、宅地の相続税評価額を路線価方式によって評価することについては一応の合理性があり、路線価方式による評価額が時価を上回る場合にのみ例外的に路線価方式によることが違法の評価を受けるものであることは、既に述べたとおりであり、本件宅地以外の取引事例の中に路線価方式による評価額が取引額を上回るものが存在することをもって直ちに本件宅地の路線価方式による評価が違法となるわけではないというべきである。
また、原告は、いわゆる逆転現象が一般化していたかのように主張し、このような場合には、そもそも路線価方式によって相続土地の時価を算定すること自体が法二二条に違反するものであるかのように主張するが、後述するように、原告の主張する取引事例についても必ずしも逆転現象が生じていたとはいえない場合もあるのであり、平成五年当時において逆転現象が一般化していたと認めるに足りる確たる証拠はない。
すなわち、原告は、隣接地につき、平成七年一月一日から同年一〇月一四日ころまでのチラシ広告では、二億九八〇〇万円と表示されていた隣接地が同年一二月一七日ころには一億八五〇〇万円と表示され、結局平成八年三月一五日に売買契約が成立したことから、平成七年の隣接地の時価は総額一億八五〇〇万円、一平方メートル当たり約一五〇万円と推測され、これに対し平成七年の路線価は一平方メートル当たり二〇一万円であるから逆転現象が生じていると主張している。しかし、個別具体的な土地について売買契約が成立するか否かは、周辺の売地の有無やその数、購入希望者の資金繰りの可否などによって大きく左右されるものであり、ある一定の期間に売買契約が成立しなかったからといって、売却希望者の売却希望価格が時価よりも高額であると断ずることはできない。そうであれば、隣接地については、むしろ売買契約が成立した時点に着目すべきである。甲七二の1、2によれば、隣接地について売買契約が成立したのは、平成八年三月一五日であり、平成八年の路線価は、一平方メートル当たり一四〇万八〇〇〇円である(甲五二の一四によれば、隣接地の正面路線価は一二九万円であり、隣接地は角地のため、これに側方道路の路線価一一八万円の一〇パーセントを加えた額となる。)から、路線価は時価を下回っており、いわゆる逆転現象は生じていないこととなる。
4 結局、本件宅地について路線価方式によって評価した評価額が時価を上回っているか否かについては、本件宅地の状況を個別具体的に検討しその時価評価をして判断すべきことになる。
三 路線価により算出した被告主張の本件宅地の相続税評価額が時価を超えるものか否かについて
1 被告鑑定書について
(一) 乙一五及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件宅地は、北西側約六・七メートルが幅員八メートルの舗装区道にほぼ等高に接面する奥行約一二メートル、規模八二・二四平方メートルのほぼ長方形地であり、営団地下鉄半蔵門線「水天宮前」駅から徒歩で約三分、同日比谷線「茅場町」駅から東北方へ約六分、都営地下鉄浅草線「人形町」駅から南方へ徒歩で約六分の地点に位置し、本件宅地の近隣地域は、「新大橋通り」、「人形町通り」の背後で中層の事務所ビルを中心に低層店舗等の介在する地域である。
(2) 東京国税局長が委託した鑑定人は、平成五年七月二三日を価格時点として本件宅地の価格の鑑定評価を行い、その鑑定結果が被告鑑定書(乙一五)である。
(3) 被告鑑定書は、
ア 本件宅地の近隣地域の地域的要因を備え、幅員八メートルの舗装区道に接面し、基準容積率が五〇〇パーセントで、一画地の規模が一五〇平方メートル程度の中層店舗兼事務所地の標準価格について、<1>取引事例四例の売買価格を基礎に、時点修正、事情補正、地域格差に関する補正を行い、一平方メートル当たり四〇八万円から四五〇万円の価格を求め、<2>本件宅地の近隣の東京都基準地である中央五-二六の価格を基礎に、地域格差に関する補正を行い、一平方メートル当たり三九〇万円という価格を求め、右<2>の価格との均衡に留意の上、右<1>の価格を比較検討して右標準価格を一平方メートル当たり四三〇万円と定め、
イ 右標準価格と比較して本件宅地は規模が小さいという減価要因があることから本件宅地の比準価格を右標準価格のマイナス三パーセントとみて、本件宅地の比準価格を一平方メートル当たり四一七万円、総額三億四三〇〇万円と求め、
ウ 近隣地域及び同一需給圏内の類似地域に所在する賃貸事例等を参考にして、本件宅地において賃貸用の鉄骨鉄筋コンクリート造地価一階、地上六階建て店舗、事務所の建築を想定し、これから求めた本件宅地に帰属する純収益を還元して、その収益価格を一平方メートル当たり二七二万円、総額二億二四〇〇万円と求め、
エ 取引事例比較法によって求めた本件宅地の比準価格は、同一需給圏内の類似地に所在する取引事例に基づく取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求めた価格で不動産取引市場において現実に発生した取引事例を価格判定の基礎としており市場性の観点から本件宅地の経済価値を判定したものであり、他方、収益還元法によって求めた本件宅地の収益価格は、不動産の収益性の観点から本件宅地の経済的価値を把握したもので本件宅地が将来生み出すであろうと期待される純収益の現価の総和に着目して求めたものであり収益採算性を反映した重視すべき価格であるが、近時の不動産市場からみると、純収益の動向、還元利回り等の変動要素を含んでいるためにその価格は流動的であることを考慮して、各画地の状況・地域の特性・不動産市場の動向を勘案の上、比準価格を重視し、収益価格を比較考量して、鑑定評価額を一平方メートル当たり三八七万八八九〇円、総額三億一九〇〇万円と決定した。
右によれば、被告鑑定書の鑑定の鑑定評価の方法、過程に不合理な点はないというべきである。
(二) これに対し、原告は、種々の観点から、被告鑑定書の鑑定評価は不合理であると主張しているので、その当否について判断する。
(1) 原告は、被告鑑定書は、価格形成要因(一般)について、平成五年当時の景気動向、金利情勢について述べるにとどまり、不動産価格の動向に全く触れておらず、これについての分析を全くしていないと主張するが、乙一五によれば、被告鑑定書は、市街地価格指数の変動率について、全国、六大都市、六大都市以外の区分で、平成四年三月から同年九月まで、同年九月から平成五年三月まで、平成四年三月から平成五年三月までの三つの期間に分けて、全用途平均、商業地、住宅地、工業地の用途別に詳細に述べていることが認められる。これは、原告鑑定書の「強い下げ基調」との記載と比べても十分なものであり、原告の右主張は失当である。
(2) 原告は、被告鑑定書は、価格形成要因(地域的)について、地域の状況を平板に記述し「近隣」の範囲を日本橋蛎殻町一丁目五、一八、二七番区に限定しているが、近隣地域を右番区に限定する必要はない旨主張する。
しかしながら、乙一九によれば、不動産鑑定基準第六の一(二)には、「近隣地域とは、対象不動産の属する用途的地域であって、より大きな規模と内容とを持つ地域である都市あるいは農村等の内部にあって、居住、商業活動、工業生産活動等の生活と活動とに関して、ある特定の用途に供されることを中心として地域的にまとまりを示している地域をいい、対象不動産の価格の形成に関して直接に影響を与えるような特性を持つものである。」とされていることが認められる。そして、本件宅地のある都市部でかつ中層の事務所ビルが多く存在する地域においては、最寄り駅からの距離、繁華な通りからの距離、接面する道路の連続性や大通りへの接続性など様々な要因が対象不動産の価格の形成に関して直接影響を与えるものであり、近隣地域もおのずから狭い地域にならざるを得ないと解される。甲八六によれば、日本橋蛎殻町一丁目五番居の西側の道路(とうかん堀通り)及び同二七番の東側の道路は、それぞれ歩道の付設された比較的大きい道路であることが認められ、そうすると、被告鑑定書が近隣地域を日本橋蛎殻町一丁目五、一八、二七番区のうち本件宅地を中心に東西約六〇メートルの地域としたことには合理性があるといえる。
(3) 原告は、被告鑑定書が、近隣地域を前記(2)のとおり限定した上、「地域内に格別の変動要因はない」とし、このままで推移すると予測していることが、「賃料水準については近隣及び類似地域の賃貸事例、地元精通者の意見を総合し、基準階でm2三六三〇前後と認めた。この地域はバブル経済最盛期には、大手不動産会社が都心のビル建設のためさかんに地上げをした結果急激な価格上昇を遂げたが、バブル経済崩壊後は地上げ途中の虫食い状の土地も放置されている。この地域は、最寄り駅は近いものの幹線街路背後のため商業地としての繁華性もなく、ビル賃貸の需要は弱く、なお賃料は値上げ基調にあると認めた。」と述べている原告鑑定書に比して不合理であると主張する。
しかしながら、原告鑑定書に述べられている地域的な価格変動要因のうち、バブル経済時に価格上昇を遂げ、バブル経済崩壊後は地上げ途中の虫食い状の土地も放置されているといった事情は、本件宅地の近隣地域に限った地域的な価格変動要因とはいえず、大都市部における一般的な価格変動要因といえる。この点につき、被告鑑定書は一般的要因の中で、地価の下落傾向を既に検討していることから、原告の右の主張は失当である。
また、本件宅地の近隣地域が、最寄り駅は近いものの繁華性がなく、ビル賃貸の需要が弱いという点については、被告鑑定書においても「地域的特性と変動の予測」と題して、「営団・都営地下鉄の三つの駅から近距離にあり交通接近性に恵まれているが、近年の景気動向を反映して事務所ビルの空室がめだっている。」と述べるなど、原告鑑定書と同趣旨の指摘をしているところである。
そして、地域的な価格変動要因とは、近隣地域内に新駅ができることや、ゴミ処理場などの不快施設ができるなどのその近隣地域のみに固有の要因を指すものというべきところ、本件宅地の近隣地域に右のような地域的な価格変動要因が生ずるという証拠はないのであるから、地域内に格別の変動要因はないとした被告鑑定書に何ら不都合はなく、原告の右主張は失当である。
(4) 原告は、被告鑑定書で基礎とされている取引事例、基準地はすべて幅員一一メートルの道路に接する土地であり、本件宅地が幅員八メートルの道路に接する土地であることを看過するものであり、結局被告鑑定書の鑑定結果は幅員一一メートルの土地の価格を求めたにすぎないと主張する。
しかし、取引事例地の接面する道路の幅員が鑑定目的地の接面する道路の幅員と異なる場合でも、適正にその格差を補正すれば不合理とはいえないし、逆に接面する道路の幅員が取引事例地と鑑定目的地とで同一でなければならないとすると、適切な取引事例を抽出することが極めて困難になり、かえって不合理な鑑定となってしまうおそれが大きい。
そして、乙一五によれば、被告鑑定書における取引事例は、いずれも道路の幅員・系統による地域要因格差の修正をしていることが認められるのであるから、被告鑑定書が幅員一一メートルの道路に接面する土地を取引事例地ないし基準地としてその鑑定の基礎にしていたとしてもそれにより被告鑑定書の合理性が失われるものとはいえず、原告の右主張は失当である。
(5) 原告は、被告鑑定書において採用されている取引事例(以下、被告鑑定書の取引事例一ないし四をそれぞれ「被告事例地1」、「被告事例地二」、「被告事例地三」、「被告事例地四」という。)は鑑定の基礎にするには妥当ではなく、被告鑑定書には合理性がないと主張するのでこの点について検討する。
ア 第一に、原告は、被告事例地一について、<1>遠方であって本件宅地の価額の評価という目的に全く反している土地であり、<2>面積・価額とも規模が大き過ぎて本件宅地の価額算定の基準とする意味が全くなく、<3>買い進みの事例であり、平成五年という土地の値下がり傾向の顕著なときにあえて買い進みの事例を選択することは適正・公平な鑑定評価の目的と相反するものであり、かかる取引事例を基に鑑定をすることは妥当とはいえないと主張している。
しかしながら、右<1>の遠方であって本件宅地の価額の評価という目的に全く反しているという点については、確かに被告鑑定書の被告事例地一の土地は日本橋小網町にあり、本件宅地のある日本橋蛎殻町一丁目には存在しないが、日本橋小網町は、日本橋蛎殻町一丁目に隣接するものであり、右の程度に離れているからといって本件宅地の鑑定の基準にならないとまではいえず、また、原告鑑定書において採用されている日本橋浜町二丁目、三丁目や日本橋人形町二丁目の取引事例と比較しても本件宅地から遠方にあるわけではなく、原告の右主張は失当であるといわざるを得ない。
また、右<2>の面積・価額とも規模が大き過ぎて本件宅地の価額算定の基準とする意味が全くないという点については、確かに、乙一五によれば、面積・価額の規模が大きいが、種々の補正がなされており、修正後の価格は、他の被告事例地二ないし四の価格と大きな開きはなく、鑑定に当たって適正に補正がなされていることが認められるので、被告事例地一が面積・価額において規模が大きいとしても、そのことをもって被告鑑定書が不合理であるとすることはできない。なお、原告はそもそも被告鑑定書における被告事例地二ないし四の地域格差の補正が不合理であると主張するようであるが、甲八六ないし甲九二等によっても、被告鑑定書の補正が不合理であるとの事情は認められない。
さらに、右<3>の買い進みの事例であるという点については、乙一五によれば、買い進みであることを考慮して三〇パーセントの補正をしていることが認められるので、買い進みの事例を選択したことによって被告鑑定書が直ちに合理性を失うとまではいえず、この点に関する原告の主張も失当である。
以上のように、被告事例地一に対する原告の批判はいずれも失当であり、被告鑑定書が被告事例地一を鑑定の基礎に採用したことに合理性がないとはいえない。
イ 第二に、原告は、被告事例地二及び三の土地につき、建築物の存在形態や利用形態からして本件宅地とは利用状況が異なり、地域的な格差が著しく大きいことは明らかであり、この格差を本件宅地の評価に当たって適正に反映させなければ取引事例を参考とする意味がないが、被告鑑定書においてこの格差が反映されているとはいえないと主張している。
しかし、乙一五によれば、被告事例地二について本件宅地の所在する地域と比較した場合の地域要因格差は、最寄り駅への接近性でマイナス二パーセント、道路の幅員・系統でプラス三パーセント、商況でプラス五パーセントと認定され、地域要因格差の修正率を一〇〇/一〇六とする補正がなされていること、また、被告事例地三については同様の地域要因格差は、最寄り駅への接近性でマイナス二パーセント、道路の幅員・系統でプラス三パーセント、商況でプラス五パーセントと認定され、地域要因格差の修正率を一〇〇/一〇六と補正がされていることが認められる。したがって、被告事例地二及び三の土地については、本件宅地との格差につき適正に補正がなされていることが認められるのであり、原告の主張するように格差を修正していないということはないので、原告の主張は失当である。
この点につき原告は、被告事例地二及び三の被告鑑定書における地域格差の補正が適正になされていない旨主張する。しかし、原告が地域格差の補正が適正になされていないことを立証するために提出した甲八六ないし甲九二等によっても、右の地域格差の補正が不合理であると認めるに足りる事情はなく、後述するように、被告事例地三と本件宅地の地域格差の補正率が両者の路線価格による価格比率とほぼ合致していることをも併せ考えると、被告鑑定書における地域格差の補正が不合理なものであるとはいえない。
ウ 第三に、原告は、被告事例地四について、被告事例地四の土地は、水天宮通りを挟んでロイヤルパークホテルのはす向かいに位置する地域であり、バブル期には最も活発に地上げが行われた地域であり、三方道路に囲まれ、好立地であると主張し、また、被告事例地四の取引はバブル崩壊後の同一金融機関関連の地上げ業者間の売買であり、その価格決定は通常の取引市場で形成されるべき経済的合理性に基づくものとは到底考えにくいと主張し、相応の格差修正をし、取引の異常さを認識してこれを反映させた形で鑑定がされない限り、本件宅地の鑑定の基礎とするには不適当であると主張する。
しかしながら、好立地であるとの主張については、乙一五によれば、被告事例地四については、本件宅地の所在する地域と比較した場合の地域要因格差は、最寄り駅への接近性でプラス三パーセント、道路の幅員・系統でプラス三パーセント、そして商況ではプラス二〇パーセントとの認定がされ、地域要因格差の修正率を一〇〇/一三九とする補正がされていることが認められ、好立地であることを十分意識した補正がなされているのであるから、被告鑑定書には何ら不合理な点はない。そして、原告が地域格差の補正が適正になされていないことを立証するために提出した甲八六ないし甲九二によっても、右の地域格差の補正が不合理であると認めるに足りる事情はない。
また、被告事例地四の取引はバブル崩壊後の同一金融機関関連の地上げ業者間の売買であるという点については、これを認めるに足りる確たる証拠はない。
(6) 原告は、原告鑑定書が各取引事例について地域格差の詳細な比較を行っているのに比べて、被告鑑定書が本件宅地の比準価格を求めるに当たり、各取引事例について地域的要因による格差修正を行っていないかのようにいうが、乙一五からは被告鑑定書が取引事例ごとに地域要因格差による補正をしていることが明らかに認められ、原告の主張するように地域要因格差を看過しているということはないのであるから、原告は被告鑑定書を正解しないものである。
(7) さらに、原告は、被告鑑定書の収益還元法による収益価格について以下のとおり主張するので、その当否につき判断する。
ア 第一に、被告鑑定書は収益還元法による収益価格を鑑定評価に採用する姿勢が消極的であり不合理であると主張している。
しかし、乙一五によれば、被告鑑定書の鑑定において、収益価格について、「収益価格は、不動産の収益性の観点から評価対象不動産の経済価値を把握したもので当該不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現価の総和に着目して求めたものであり収益採算性を反映した重視すべき価格であるが、近時の不動産市場から見ると、純収益の動向・還元利回り等に変動要素を含んでいるためにその価格は流動的である。」と述べられていること、結論として、取引事例比較法によって求められた比準価格を重視し、収益還元法によって求められた収益価格を比較考量して本件宅地の鑑定評価額を算出したことが認められ、そうすると、被告鑑定書も、収益還元法による収益価格を考慮して結論を導いているといえる。取引事例比較法によって求められた比準価格が複数かつ適正な取引事例を駆使して求められたもので市場における実勢を反映したものであるのに対し、収益価格は賃料の保守性、遅効性を前提として低位とならざるを得ないものであることからすれば、被告鑑定書のように取引事例比較法によって求められた比準価格を重視し、収益還元法による収益価格を比較考量して鑑定価格を算出することは不合理とはいえない。
原告の主張は失当である。
イ 第二に、原告は、収益価格を算定するについて被告鑑定書は、何ら具体的事例を示すことなく不当に高額な賃料収入を想定しており、原告鑑定書が具体的な事例をあげて調査の結果を明示していることに比べて不合理であると主張している。
確かに、乙一五によれば、被告鑑定書において想定されている月額支払賃料の算出根拠は明らかにされていないことが認められる。しかし、一方、甲六二の別表1b-1記載の「1・m2当たり月額支払賃料算出根拠」と題する項において示されている賃料額は、募集事例であることは分かるものの、いつの時点の募集事例であるか、また成約価格は幾らであるかについては不明であり、成約価格が基準階で約一五パーセント、一階で約五パーセント下回るとの根拠も不明であって、原告鑑定書の事例が具体的なものといえるかは疑問である。また、甲九七によれば、原告は、平成五年の一一月ころから平成六年のはじめにかけて本件宅地上の山本ビルの一階部分につき一坪当たり月額二万円(一平方メートル当たり約六〇〇〇円)、二階部分につき同一万四〇〇〇円(同約四二〇〇円)で募集していたことが認められること、甲六二において示されている事例に比して被告鑑定書が想定した月額支払賃料が著しく高額であるとまではいえないこと、他に平成五年当時の賃料相場を裏付ける客観的な証拠はないことからすれば、被告鑑定書における月額支払賃料も不合理に高額であると断ずることはできない。不動産鑑定士によってなされた鑑定である以上被告鑑定書の月額賃料額も何らかの根拠に基づいて算出されているものと推認され、その賃料額は不合理に高額とまではいえないのであるから、右賃料額には一応の合理性が認められる。
原告の右主張は失当といわざるを得ない。
2 中央五-二六(東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目二六番一〇外の基準地)の標準価格を基に算定した本件相続開始時の本件宅地の価格を基に算定した本件相続開始時の本件宅地の価格について
(一) 証拠(乙六、一〇)及び弁論の全趣旨によれば、中央五-二六は、本件宅地と直線距離で一〇〇メートル程度の近隣に所在し、かつ、同一用途地域(商業地域)内にあること、同土地は、類似地域内にある幅員一一メートルの舗装道路に接面する面積一一七平方メートルの長方形の宅地であり、建ぺい率が八〇パーセント及び容積率が五〇〇パーセントと指定されていること、平成五年七月一日時点の同土地の一平方メートル当たりの標準価格は四六〇万円、平成六年七月一日時点の右標準価格は三二〇万円であり、平成五年七月一日時点から平成六年七月一日時点までに右標準価格は一四〇万円下落したことが認められる。
(二) 中央五-二六の標準価格の平成五年七月一日時点から平成六年七月一日時点までの標準価格の右下落金額一四〇万円を平成五年七月一日時点の中央五-二六の標準価格四六〇万円で除し、一二分の一(平成五年七月以降本件相続開始までの経過月数)を乗じて平成五年七月一日時点から相続開始時点までの地価下落率を求めると〇・〇二五(小数点以下第四位を四捨五入)となり、一から右地価下落率を控除して求めた時点修正率は〇・九七五となる。そうすると、平成五年の基準地の標準価格に右地価下落率を乗じて求めた本件相続開始時点における中央五-二六の時点修正後の価格は四四八万五〇〇〇円となり、さらに場所的格差の修正のために右価格に平成五年の本件宅地の面する路線に付された路線価三七七万円(乙一一)を同年の中央五-二六に付された路線価四二一万円(乙一一)で除した割合を乗じて算出すると四〇一万六二五八円となる。
右金額四〇一万六二五八円が中央五-二六の標準価格を基に算定した本件宅地の一平方メートル当たりの時点修正及び場所的格差修正後の価格となる。
(三) 右価格四〇一万六二五八円に本件宅地の地積八二・二四平方メートルを乗じた価格は三億三〇二九万七〇五七円となる。
3 原告鑑定書について
(一) 原告は、甲六二をもって、本件宅地の本件相続当時の時価は二億四八〇〇万円である旨主張するので、この点につき検討する。
(二) 甲六二及び弁論の全趣旨によれば、原告鑑定書が取引事例として採用した事例地五件のうち三件は、日本橋人形町及び日本橋浜町の事例であり、被告鑑定書で採用された取引事例地に比べて、本件宅地から遠方の土地であることが認められる。そして、被告鑑定書が採用した取引事例地のように本件宅地の近隣地域内に取引事例が存するにもかかわらず、原告鑑定書が遠方の取引事例を採用したことについては、にわかに首肯できないところがある。
(三) 地域格差の補正について
(1) 甲六二によれば、原告鑑定書は、中央五-二六と本件宅地との地域格差を一三四分の一〇〇としていること、すなわち、地域格差において本件宅地は中央五-二六に比して七五パーセント程度の価格になるとしていることが認められる。
乙第一一号証によれば、平成五年分の路線価は、中央五-二六は四二一万円であり、本件宅地は三七七万円であることが認められ、地域格差において、本件宅地は中央五-二六の九〇パーセント程度の価格になることが認められる。また、甲五二の1ないし一四によれば、平成五年から平成七年までにおける右の比率はおおむね八〇パーセント代後半であることが認められ、昭和五七年から平成三年までにおける右の比率は、おおむね九〇パーセント代の後半であることが認められる。そして、前述した路線価の決定方法(前記一の2)からすれば、路線価による地域格差率には合理性が認められる(地価が下落していることにより、路線価の絶対的な価格が時価と一致しない場合があるとしても、路線価相互の相対的な価格についてはなお合理性が認められる。)。しかるに、原告鑑定書は、地域格差において、本件宅地の価格は中央五-二六の価格の七五パーセントにすぎないとしているのであって、右の評価は合理的なものとはいい難い。
なお、乙一五によれば、被告鑑定書は中央五-二六と本件宅地との地域格差を一一八分の一〇〇としていること、すなわち、地域格差において本件宅地は中央五-二六に比して八五パーセント程度の価格になるとしていることが認められ、右の評価は、路線価における格差率に照らして合理性を有するものといえる。
(2) 甲六二によれば、原告鑑定書は、原告事例地三と本件宅地との地域格差を一二六分の一〇〇としていること、すなわち、地域格差において本件宅地は原告事例地三に比して七九パーセント程度の価格になるとしていることが認められる。
乙第一一号証によれば、平成五年分の路線価は、原告事例地三は四〇一万円であり、本件宅地は三七七万円であることが認められ、地域格差において、本件宅地は原告事例地三の九四パーセント程度の価格になることが認められるところ、前述したとおり、右の路線価による地域格差率には合理性が認められる。しかるに、原告鑑定書は、地域格差において、本件宅地の価格は原告事例地三の価格の約七四パーセントにすぎないとしているのであって、右の評価は合理的なものとはいい難い。
なお、証拠(甲六二、乙一五)及び弁論の全趣旨によれば、原告鑑定書の原告事例地三と被告鑑定書の被告事例地三は同一の土地であることが認められるところ、乙一五によれば、被告鑑定書は被告事例地三と本件宅地との地域格差を一〇六分の一〇〇としていること、すなわち、地域格差において本件宅地は被告事例地三の土地に比して九四パーセント程度の価格になるとしていることが認められ、右の評価は、路線価における格差率に照らして合理性を有するものといえる。
(3) 右のとおり、原告鑑定書は、地域格差の補正において合理性を欠く部分があるといわざるを得ない。
(四) 以上から、原告鑑定書には合理性を欠く点があり、そのことが本件宅地の鑑定価格を実勢価格より低くしている可能性が多分にあり、原告鑑定書を根拠に、本件宅地の本件相続開始当時の時価が二億四八〇〇万円であるとする原告の主張は、直ちには採用できない。
4 以上からすると、被告鑑定書による本件宅地の本件相続開始時点の価格三億一九〇〇万円は合理性を有するものということができ(前記1)、中央五-二六の標準価格を基に算定した本件相続開始時の本件宅地の価格が三億三〇二九万七〇五七円となること(前記2)をも考慮すれば、路線価によって算出された被告主張の本件宅地の右時点の価格三億一〇〇四万四八〇〇円は時価とみるべき合理的な範囲内にあるものと認められる。原告鑑定書は、右路線価により算出した評価額が客観的に交換価値を上回ることが明らかであるとする根拠とはなり得ないものであり、右認定を覆し、他にそのように判断すべき資料は存在しない。したがって、右の被告主張額をもって本件相続に係る課税価格を算定しても法二二条違反の問題は生じないというべきである。
四 本件宅地の本件相続開始時点の価格を三億一〇〇四万四八〇〇円とすると、本件相続に係る課税価格は一億五三六二万四〇〇〇円、納付すべき税額は二六〇九万三四〇〇円となり、右課税価格、納付すべき税額を同額とする本件通知処分に違法はないというべきである。
第四結論
よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡)
(別紙)
物件目録
(一) 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一八番二
地目 宅地
地積 八〇・〇三平方メートル
(二) 所在 東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目
地番 一八番九
地目 宅地
地積 二・二一平方メートル
別表一
<省略>
別表二
<省略>
別表三
<省略>
別表四
<省略>
別表五
<省略>
別表六
<省略>
別表七
<省略>